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【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】新しいタイプの監督たち(後編)
馬の持っている知識は騎手には必要ない。英ウォーリック・ビジネススクール教授のスー・ブリッジウォーターは最近、『フットボール・マネジメント』というすばらしい著書を出版した。この本にはある監督のこんな言葉が匿名で載っている。 「仕事をもらって最初の日、秘書がオフィスに案内してくれた。監督のオフィスで、電話もある。でも何から始めたらいいかわからなかった。私はフットボールのことは知っていた。ピッチの中のことはやれた。しかしオフィスで働いたことは一度もない。私はぼーっとそこに座って、何か起こるのを待った。しかし誰かが来るわけでもない。しばらくして受話器をとり、母に電話した」 この人物の言う「私はフットボールのことは知っていた」というのも疑わしい。フランク・ライカールトやディエゴ・マラドーナがフットボールについてジョゼ・モウリーニョより知っているだろうか。ロイ・キーンはピッチの中ではチームメイトを奮い立たせるのがうまかったが、その能力は「騎手」になっても同じだったろうか。 確かに大陸ヨーロッパの一部では、名選手がピッチの中で監督の役割をしていたことがある。70年代のヨハン・クライフやフランツ・ベッケンバウアーはチームを仕切っていた。同僚選手を追い出したり、先発メンバーを代えたりもした。しかしイギリスのフットボールでは、選手はただ黙って監督に従うことになっている。これでは監督をつとめる準備にはならない。 元選手が監督になると、ひとつだけ有利なことがある。ファンやメディアや選手たちが、しばらくはやさしく接してくれるということだ。ライカールトなら、CFベレネンセスのリザーブでもろくに試合に出られなかった男より優秀な監督になるように思える。しかし、このやさしさも長くは続かない。元選手だったある監督はブリッジウォーターにこう語っている。 「僕の『名前』が効いたのは6週間くらいだった。初めは選手からも一目置かれる。選手たちにやれと言っていることを僕ができるということを、彼らは知っているからだ。でも、そんな日々は長くは続かない。やがてチームをしっかり率いることができるかどうかで評価される。できないと評判が悪くなる」 教師型のほうが元選手よりいい監督になれる合理的な理由はある。パッとしなかった選手が監督としては成功することがある理由を聞かれて、モウリーニョはこう答えた。「勉強する時間があるから」 モウリーニョのキャリアを振り返ればそれがわかる。父親のフェリックスはポルトガル3部リーグのクラブの監督をしていて、息子が小学校を出るころには対戦相手のスカウティングをさせはじめた。フェリックスは2部リーグのセトゥーバルの監督になると、息子にボールボーイたちを統括させた。そうすれば試合中にも選手に指示を伝えられるからだ。 モウリーニョはベレネンセスのリザーブチームまで行っただけで選手をやめ、リスボンの大学でスポーツ科学を勉強した。スポーツの生理学や心理学、哲学の本をいくつもの言語で読み、学校の体育教師を3年つとめた。今季からチェルシーを率いているビラス・ボアスとスウォンジーの監督になったロジャースも、似たようなキャリアを歩んでいる。 クラブも教師型の監督が使えることを理解しはじめている。2007年にバーンリーは新しい監督を探していた。フットボール界では誰もが知っているような大物たちからも、かなりの数の打診をもらった。バーンリーは何人かを面接に呼んだ。 たいていの大物たちは、ちょっと話をしただけで、バーンリーのことをほとんど知らず、具体的な強化策も考えていないことがわかった。ある元代表選手は面接で今後の方針を聞かれてこう言った。「そうですね、できれば昇格させたいですね」。なるほど、どうやって? 「そうですね、できればいい選手が何人か欲しいですね」。パワーポイントを使ったプレゼンや、それに近いことをした監督候補はひとりもいなかった。 バーンリーの気に入る人材はいなかった。やがてバーンリーはオーウェン・コイルの名を知った。選手としての実績はそれほどではないが、若くて優秀な指導者だという。バーンリーが面接に呼ぶと、コイルは完璧に準備していた。コイルはその仕事を手にし、バーンリーのプレミアリーグ昇格に貢献した。現在はプレミアリーグでボルトンを率いている。 今シーズンのプレミアリーグ20チームの監督の顔ぶれを見ると、教師型の監督が増えていることがわかる。ブリッジウォーターによれば1992年以降のプレミアの監督で、プロ選手としてプレイしたことのない人は5.6%しかいない。つまり、20人の監督のうち選手経験のない人は平均でひとりということになる。だが今シーズンは3人いる。ビラス・ボラスにロジャース、そしてウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンのロイ・ホジソンだ。 一方、20人の監督のなかに元スター選手は実に少ない。ダルグリッシュ(リバプール)、ロベルト・マンチーニ(マンチェスター・シティ)、スティーブン・ブルース(サンダーランド)の3人だけだ。しかしダルグリッシュとマンチーニは今の仕事に就く前に監督としてタイトルも取っているから、指導者としての実績によって雇われている。「偉大な選手は偉大な監督になれる」という古い監督選びの公式に沿っているのはブルースだけだ。 偉大な選手だった他の監督(たとえばロイ・キーン、ブライアン・ロブソン、グレン・ホドル)はもう就職口がない。マラドーナは昨年、イングランドのクラブで監督をやりたいと公に発言したが、関心を示したクラブはひとつもなかった。 2005年に教師型監督のライバルだったライカールトは、いまサウジアラビア代表監督として、のんびりやっている。アラン・シアラーは現役時代を過ごしたニューカッスルの監督にいつなるのかと言われつづけているが、2009年のシーズン終了間際に8試合だけ監督をやってプレミアからの降格を見届けて以降、テレビの仕事に戻っている。 やはりピッチの中ではリーダーだったトニー・アダムズは、今アゼルバイジャンのクラブ、ガバラを指揮している。昨シーズンはアゼルバイジャンリーグで7位だった。イングランド代表でアダムズのチームメイトだったある人物は、アダムズがピッチ上ではチームに刺激を与えられた選手だったと認めながら、監督として同じようにやれるとは思えないと語った。アダムズは騎手ではなく、馬だということらしい。 イングランドのクラブも、ようやくふたつの違いに気づきはじめたようだ。 サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki webスポルティーバ 8月23日(火)12時10分配信
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