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【2026/02/12 17:49 】 |
サンカルロとG1、4度目の正直だ…大久保洋調教師インタビュー

 6週間続いたG1レースの最後を飾るのは、安田記念(6日、東京)。マイル王を決める一戦に、大久保洋吉調教師(65)=美浦=は、追い込み脚質のサンカルロを送り込む。JRAでのG1勝ちは04年のショウナンパントル(阪神JF)以来、遠ざかっているが、順調さを欠いた京王杯SC10着からの巻き返しを静かに狙っている。

 ―サンカルロでは4回目のG1挑戦になります。デビュー前から期待の大きい馬だったんですよね。
「けいこも動いていたからね。今ではトップクラスで、ショウナンカンプ(02年高松宮記念制覇)くらい動く。血統的には短いところの馬で、体形的にも、当歳の時に『シンボリクリスエスの子にしては、胴が詰まっているな』と思っていたけど、1800メートルの新馬戦を勝って、よしっ、クラシックという気持ちになったんだ」

 ―東京スポーツ杯2歳SやスプリングSといった、クラシックにつながるレースを使ったのも、そのためなんですね。
「やっぱり、クラシックが中心だからね。(頂点は)ダービーというのがあるから、どうしてもそっちに行ってしまう。客観的に見てもマイラーで、最初からそのつもりでやっていたら違ったのかもしれないけど…」

 ―マイル路線に転向して、ニュージーランドTを快勝。ただ、その後はNHKマイルC(18着降着)、マイルCS(12着)と結果が出ていませんが、1400メートルの阪急杯と阪神Cは好走して、高松宮記念も惜しい4着でした。
「スプリングSを見たら、2000メートルは長いと思った。競馬を覚えてくると、本質的なものが出てくる。マイルでも折り合いの難しいところがある。それが、1400メートルのレースだと、1200メートルの馬が出て速くなって、置かれていったくらいだった。でも、競馬はしやすいみたいだったね」

 ―前走の京王杯SCは順調さを欠いた影響で10着に敗れましたが、その後は調子が良くなっているようですね。
「展開が向かない面もあったんだけどね。でも、間違いなく状態はいいと思う」

 ―お父さんが名伯楽と言われた大久保末吉調教師ですが、大学進学して、企業に就職しました。この世界に入るつもりはなかったんですか。
「小さいときは絶対に(この仕事は)やらないと思っていた。大学を出て一級建築士の資格もとって、3年ほど建設会社に勤めた。そのまま勤めていれば、今頃悠々自適で楽ができていたのになあ(笑い)。もう(今年で)66だよ」

 ―転機は何だったんですか。
「勧めがあってね。メジロさんも『どうするんだ』と。売り上げも上がってきていたし、(競馬で)飯が食えるかなというのも見えてきた。もともと、馬は好きだったんだ。中学の時は乗り運動をしていたくらい。親父は乗り役にさせるつもりだったんだけど、中学で10何センチも伸びたからならなかったんだ」

 ―調教助手を経験して、3回目の76年に調教師試験に合格したんですね。79年にはメジロファントムで重賞初制覇(東京新聞杯)を果たしました。
「失敗したこともあったよ。もっと、いい成績を挙げられたかなあ。(79年は)秋の天皇賞でスリージャイアンツに鼻負け、有馬記念ではグリーングラスに鼻負け。悔しい思いをした。それが肥やしになった部分はある。そして、1番人気だった翌年(80年)の有馬記念では4着に負けた。今思えば、気負い過ぎていた。それが印象に残っている。ただ、いろいろ教わったというのはあるね」

 ―メジロドーベルとの出会いも大きかったですよね。
「デビュー前からクラシックを意識していた。新馬からスピードを見せていたし、乗り役(吉田豊)に先を意識させたくらい。あーいう馬はなかなか当たらない」

 ―吉田豊騎手を弟子として取ったのが、90年代に入ってからでした。
「開業(76年12月1日)して15、16年過ぎていたかな。学校で見たら、少し乗れそうだなと思ってね。調教師の仕事として、騎手を育てることも必要。みんな、最初はそう(弟子)なんだからね」

 ―今では、一流ジョッキーの仲間入り。鼻高々でしょう。
「それはないよ。(調教師としての)仕事ができたかなというところ。開業20年目の96年12月1日に阪神牝馬S(現JF)をドーベルで勝ったんだけど、そのほかも細かいところまで指示をした。オークスと秋華賞が一番細かく言ったかな。あいつも覚えているだろう。でもね、豊も走る馬に乗って、学んだというのはあるよ」

 ―定年まで4年ちょっとですが、今の目標というのは、ありますか。
「しいて言えば、JRAのG1を、障害を入れて8つ勝っている。やめるまでに10勝ちたいというのが目標。交流が2つか…。ラシアンゴールド(92年帝王賞)は、それこそ(オークスと同じ)ノリ(横山典)とマサヨシ(蛯名)の同着だったよ(笑い)」

 ―安田記念もチャンスは小さくないですよね。それでは、今回にかける気持ちを。
「予定通りにきている。あとはレースが流れるかがポイントだね。東京の馬場は悪くなっている? いいね。道悪も実績があるし、プラスにはなってもマイナスにはならないよ。体もほとんど仕上がっている」

 ◆大久保 洋吉(おおくぼ・ようきち)1944年10月15日、東京都生まれ。65歳。72年に調教助手となり、76年に調教師として厩舎を開業。JRA通算803勝。重賞は97年オークス(メジロドーベル)、02年高松宮記念(ショウナンカンプ)などG1・8勝を含む38勝を挙げている。趣味はゴルフ。血液型はA。
6月1日8時0分配信 スポーツ報知
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【2010/06/01 13:51 】 | 競馬情報 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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