【衝撃事件の核心】
「人はここまで変わってしまうものなのか」-。今年9~10月、傷害と覚せい剤取締法違反(使用)容疑などで京都府警に逮捕、起訴された元天才騎手、田原成貴被告(51)。田原被告の黄金時代を知る競馬ファンの多くが、こうため息をつく。過去にも覚せい剤取締法違反罪などで2回の有罪判決を受けていた田原被告。今度こそ立ち直ったのでは、という周囲の期待をよそに、またもや罪を犯していた。「何回逮捕されても、覚醒(かくせい)剤からは抜け出せないのでは」とあきらめの声も聞こえ始めた。
■「よく言えば感覚、悪く言えば狂気」
「一体、何をやってんだよ!」。突然、発せられた怒号に、集まった記者たちは凍り付いた。平成12年3月、田原被告が騎手から調教師に転身した後、自身の調教した馬がGIIレースを制した際の記者会見でのこと。誰かの携帯電話の音が鳴ると、それまで笑顔で熱心に話していた田原被告が激高したのだ。
「不愉快な気分になったのは理解できるが、あまりの形相に、記者はみんな驚いていた。気性が激しいというか、精神的に追い込み過ぎて神経が過敏になっているようだった」。出席していた競馬担当記者はそう振り返る。
田原被告は島根県柿木村(現吉賀町)生まれ。中学校在学中にJRAの馬事公苑騎手養成長期課程を受験し合格。そのまま競馬界に入り、昭和53年に騎手デビューした。持ち前のセンスと練習熱心さでめきめきと頭角を現し、甘いマスクも手伝って人気も爆発。58年の有馬記念を皮切りにGIレース15勝、通算1112勝という輝かしい成績を残した。
「一言で言えば天才。戦術の引き出しが多く、レースごとに変幻自在に馬の乗り方を変えては観客を驚かせていた。彼のように想定外の手綱さばきで観客を惹きつける騎手は当時、他にいなかった」と前出の競馬記者は解説する。
気性の荒い馬や斜行などの悪癖のある馬を簡単に手なずけていたという田原被告。この“手腕”が話題になると、田原被告は「よく言えば感覚、悪く言えば狂気」と、得意げに自分を分析していたという。
しかし、自身の「気性の荒さ」は騎手時代から垣間見えていた。「顔見知りの記者を捕まえては、レースについて一方的に熱弁をふるうことも多かった。常軌を逸していると思えるほど激しく語り続けるので『まるで禅問答のようだ』と苦痛に感じていた記者も多かったと思います」とは、田原被告のことをよく知る競馬関係者。
「自分勝手な行動も目立っていたが、当時は競馬業界もマスコミも、ずば抜けた才能を持つ田原被告を持ち上げようと必死だった。今から思えば、周囲が甘やかし過ぎたことが、こんな結果をもたらすことになったのかもしれない」と分析した。
それでも、田原被告の行動は徐々にエスカレート。調教師に転身するころになると、警察沙汰になりかねないような問題を次々と起こしていく。
■目立ち始めた“奇行”
田原被告は数回の落馬負傷で身体的に限界を感じたためか、調教師への転身を決意し、平成10年に調教師免許の試験に合格、騎手を引退した。しかしこのころ、懇意にしていた記者とトラブルになり、記者を呼び出して鞭で殴打する“珍事件”を起こす。
競馬関係者によると、この問題は示談が成立して間もなく沈静化したという。しかし、ほどなくして、今度は、調教していた馬の耳に振動装置の付いた小型発信機を装着するという前代未聞の不祥事。発信器により馬が異常行動を起こすなどの危険があり、JRAは田原被告に対し「競馬の公正確保に関する業務上の注意義務違反」で罰金50万円の処分を発表した。
「発信器を装着したことを認めたようですが、何のためにやったのか。この馬を担当していた厩務員と仲が悪かった、などのうわさはありましたが、結局明らかになりませんでした。偽計業務妨害容疑に問われてもおかしくない危険な事件。とにかく調教師になったころからの行動は普通じゃなかったです」
前出の競馬関係者はこう説明した。
「発信器事件」の約1カ月後、とうとう逮捕の日を迎えた。容疑は覚せい剤取締法違反など。JRAは裁判が佳境を迎えた13年12月、「調教師としてあるまじき行為」として田原被告の調教師免許剥奪を発表した。
裁判では、初犯ということもあり、執行猶予が付いた。田原被告はその後しばらく影を潜めていたが、転落への歯止めはかからなかった。8年後の21年、再び覚せい剤取締法違反容疑などで逮捕、起訴され、今年に入り京都地裁で再び執行猶予付き有罪判決を受けた。
執行猶予期間中の今年9月には、同居人の男性を殴ってけがをさせたとして、京都府警が傷害容疑などで田原被告を逮捕。その後、覚せい剤取締法違反(使用)容疑でも再逮捕され、薬物依存体質がまたまた明らかになった。
■調教師のストレス?
「競馬界の玉三郎」といわれたほどの輝かしい過去をひきずっているのか、調教師免許を剥奪されてからの田原被告は活気を失い、ひっそりと暮らしていたという。一時はインターネットで競馬の有料予想サイトを運営するなどしていたといい、かろうじて競馬関連の一端を担っていたが、長続きはしなかったようだ。
今年9月の逮捕時には、「アートディレクター」を自称していたが、「実際何をしていたかは不明、何で生計を立てていたかも分かりません」(競馬記者)。
逮捕前まで田原被告が住んでいた京都市下京区にあるマンションを訪ねたが、田原被告が住んでいたことを知る人は近くにほとんどいなかった。ある男性は「田原被告を見たという話は聞いたことがない。あれほど有名な人がいたことにも、逮捕されたことにもびっくりした」と驚くばかりだ。
それにしてもなぜ同じことを繰り返すのか。
田原被告が最初に薬物に手を出した理由は当時「調教師への転身によるストレスでは」といわれた。「調教師は馬主の期待に応えなければならないというプレッシャーが大きく、騎手時代に自分のペースで仕事ができた田原被告にとっては、それまで感じたことのないストレスがあったのは事実だろう」と田原被告と懇意だった競馬記者は振り返る。
一方、心理カウンセラーの下園壮太氏は「最初の入り口はストレスだったのかもしれないが、一度手をつけてしまうと覚醒剤の力に依存してしまう。田原被告が覚醒剤をやめられないのは、精神状態よりも薬物の恐ろしい力とみるのが妥当だ」と語る。
騎手や調教師の仕事には人並みはずれたプライドを持っていたといわれる田原被告。騎手をしながら競馬漫画の原作を手掛けていたころ、田原被告と仕事をしたことがあるという男性編集者は「才能にあふれた素晴らしい人。残念でならない。早く立ち直って」と再起を期待するが、そう簡単ではなさそうだ。
産経新聞 10月16日(土)9時14分配信
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